2018年4月17日火曜日

英紙インディペンデント「ポルトガルが電力需要の104%を #再生可能エネルギー で生産」

 

ポルトガルは3月時点で国内電力消費の104%を再生可能エネルギーで発電

電力の大半は風力・水力発電で生産

リディア・スミス Lydia Smith 
2018年4月5日木曜日 12:52 BST

ポルトガルの港湾都市ポルトの近く、アグサドウラ(Aguçadoura)海岸の沖合で撮影された浮体風力発電機。AFP/Getty Images

ポルトガルは3月時点で、少なくとも過去40年間で初めて、国内で必要とされる分に余りある電力量を再生可能エネルギーで生産した。

同国の送電網運営事業者、RENのデータによれば、時たま電力供給の上限分を補完するために化石燃料が使われたものの、先月の同国内電力消費量の103.6パーセントが再生可能発電資源(renewable sources)によって生産された。

これまでの最高レベルは、2014年に達成された99.2パーセントだった。

ポルトガル再生可能エネルギー協会および持続可能性追求グループ“ZERO”による報告は、この成果は再生可能エネルギーの将来が孕(はら)む可能性の「実例」であると謳う。同報告はいう――

「再生可能エネルギー電力(renewable electricity)は2040年までに、費用効率の高い形で、ポルトガル(Portugal)本国における年間電力消費総量を保証することができるようになるだろう。

「これらのデータは、ポルトガル電力部門における歴史的節目を示唆するとともに、再生可能エネルギーが確実で発展しうる電源として、国内の電力需要を完全に賄うものとして頼りがいがあることを実証している」

ポルトガルにおける気象条件もまた、湿潤で風が優勢な気象が水力発電ダムと風力発電機の出力を高めるので、再生可能エネルギー電源の生産性向上に役立った。

水力発電ダムは月間電力消費量の55パーセントを賄い、風力発電は42パーセントを賄った。

スコットランドにおける再生可能エネルギー電力生産は昨年、国内電力需要の3分の2以上を環境適合型発電方式で調達し、過去最高レベルを達成した。

スコットランドは電力需要の68.1パーセントを再生可能電力資源で賄い、これは2016年に達成した54パーセントに比べて、14.1パーセントの上昇にあたる。

スコットランドの電力消費総量の68.1パーセントに相当する分が再生可能電力資源で賄われており、これが対前年比14.1パーセントで上昇していると見積もられている。

スコットランド政府職員らは、これは英国(UK)内の他地域に比べて45パーセント高いと述べた。

昨年の実績では、風力発電が34パーセント、水力発電が9パーセント上昇した。

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【クレジット】

The Independent, “Renewable energy generated 104% of Portugal's electricity consumption in March,” by Lydia Smith, posted on Thursday 5 April 2018 12:52 BST at;

救援連絡センター機関紙【#郡山通信】#フクシマ☢惨事七周年を言祝ぐシニシズム



国家権力による弾圧に対しては、 犠牲者の思想的信条、 政治的見解の如何を問わず、 これを救援する。

郡山通信

核惨事七周年を言祝(ことほ)冷笑主義(シニシズム))

生涯忘れられない、あの東日本大震災と巨大津波、そして東京電力・福島第一原子力発電所のメルトダウン事故が引き起こしたフクシマ核惨事から七周年の歳月は、決して短いとは言えない。だが、原発推進勢力にとって代表的とされる放射性核種、セシウム137の半減期は約三〇年。安全になるまで、辿るべき路は遠い。

JR郡山駅前の風景

筆者らが毎週ほぼ欠かさずに挙行している「原発いらない金曜日!郡山駅前フリートーク集会」もまた、二〇一二年夏以来、まもなく六周年を迎える。二〇一二年六月、あの梅雨の季節、野田内閣による大飯原発の再稼働方針を阻止するため、永田町の首相官邸前に数万の人びとが詰めかけ、大いに盛り上がった市民行動「紫陽花革命」に呼応して発足した当初、数十人の市民が参集し、地方都市としては目立つ集会だったが、時の経過とともに先細り、それでも今なお、ほんの数人ながら息長く継続している。

スピーカーで目下のテーマソング『ふるさとは原発を許さない』を流し、「郡山市民のみなさん、ご通行中のみなさん」と呼びかけても、立ち止まる人はほぼ皆無、駅頭の人びとは押し黙って通りすぎるのみ。


今月二日の金曜日には、広げたバナーの文言「子どもたちを避難させて」に反発したビジネスマン風の中年男性が、「地元の住民として、こういうの(スローガン)は許せない」と食ってかかる始末。「オメェー、ドこに勤めてんだ」、若い女性が脅されたこともあったけ。

県民運動を装って

除染・復興事業の巨額資金が、農・漁協、商工会、生協、医師会、教育界など、ありとあらゆるルートに流れ、寄らば大樹の陰、いわば暗黙の「被曝地戒厳令・翼賛体制」が成立しているかのようである。

その好例が「原発のない福島を!県民大集会」であり、この市民運動を装った集会は、初年度の郡山市開成山球場の集会のあと、去年まで福島市内で開催されていたが、今年は福島第一原発から南に一八キロ足らず、二〇一五年九月に避難指示が解除された楢葉町の天神岬スポーツ公園で開催するという。



実行委員会の参加団体は、漁協、森林組合、生協、農協それぞれの県連合会、女性団体など。かつては福島県内で脱原発運動の主体だったが、今は有名無実化した「ハイロアクション福島」が加わっているのが物悲しい。

集会アピールを拾ってみても、「福島第二原発の廃炉」、「福島県を再生可能エネルギーの開発拠点に」、「福島県の復興」など、内堀雅雄県知事の謳い文句とさほど変わらない。

愛とは被曝し合うこと

さて拙稿を閉じるにあたり紹介したいが、リベラル紙と目される毎日新聞は、大震災七周年を目前に控えた雛祭りの三月三日、オピニオン欄に「時の在りか:愛とは被曝し合うこと」というシニカルな標題のコラムを掲載した。



筆者は伊藤智永・編集委員であり、日本記者クラブ取材団の一員として、福島県内被災地で暮らす著名三氏にインタビューを試みている――

菅野典雄・飯館村長「震災に遭っていなければ、こんな村づくりはできない」

田中俊一NRC初代委員長 「放射能汚染の環境で生き抜く力を持つ子供たちを育てたい」

玄侑宗久・福聚寺副住職・芥川賞作家 「愛し合うって、被曝し合うこと」(放射線量が高い山寺に移り住む若いカップルの恋愛物語『竹林精舎』より)

実際に汚染土を引き取った檀家がいたという。(その彼は)「祝福されるべきだと思う」…玄侑さんは、厳粛に微笑したそうだ。

一縷の望み

同じ毎日新聞のオンライン版が、三月二三日付け記事「福島第一原発事故・避難訴訟/東電に6.1億円賠償命令、『ふるさと喪失』認定/地裁いわき支部」、同日付け福島版は記事「双葉町の小川さん、損害の評価低く」を配信している。


この訴訟では、住民側は損害として「ふるさと喪失」(1人二〇〇〇万円)と避難生活に伴う損害(1人月五〇万円)に分けて主張し、東電側は国の指針に基づいて慰謝料を支払っており、それ以上の賠償を拒否していた。裁判長は「地域での生活や人のつながりを失い過酷な避難生活を強いられた…」などと指摘し、避難指示区域住民に百五〇万円、緊急時避難準備区域の住民に七〇万円の慰謝料を加算するのが妥当としながらも、個々の事情を考慮しなかった。

原告団事務局長の金井直子さんは、「被害の重さを分かってもらえなかった」と判決への失望は隠せず、「今後も戦い続けたい」と控訴の決意を表明した。今も全域避難が続く双葉町からいわき市に避難する養蜂家、小川貴永さんは、判決後に「地域での暮らしの全てを失ったのに損害の評価が低く、あきれた」と残念がる。

ともあれ東京電力にとって、敗北は敗北…全国で約一万二〇〇〇人が起こした約三〇件の集団訴訟のうち、これまで七件の判決で全敗である。福島原発告訴団が提起した東電の旧経営陣三名に対する刑事裁判の成り行きにも注目したい。

(井上利男。原発いらない金曜日!郡山駅前フリートーク集会・世話人。ブログ「原子力発電・原爆の子」、ツイッター<@yuima21c>)

2018年3月10日土曜日

#フクシマ☢惨事:ベトナム紙「ベトナム人実習生が除染作業」

  
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ベトナム人男性がだまされて、フクシマ核惨事の除染作業に送りこまれたと申し立て

ミン・ミン Minh Minh 
201838

東京の労働組合によれば、訓練生は土木工事に雇われたが、核災害区域に送り込まれたという。

メディア報道によれば、若いベトナム人男性が騙されて、2011年の福島核惨事の影響をこうむった地域における除染作業に送りこまれたと主張しており、日本当局はその申し立てを調べている。

ジャパン・タイムズ紙は、24歳の男性が建設会社で働いていたが、雇用主に対して賠償金を要求しており、日本の法務省がその事例に関して調査していると同紙に明かしたと37日付け記事で伝えた。

記事によれば、男性は土木工事に従事するものとされていたが、福島県内の除染作業に移動させられ、放射線被曝をこうむったと、男性を代弁する東京の全統一労働組合は説明した。

男性は20159月、政府の外国人技能実習制度にもとづいて日本に入国した。労働組合によれば、建設会社は201510月から20163月にかけて10度あまり、男性を住宅地の除染作業に送りこんだ。

男性はまた、当局が高レベル放射線にもとづく規制を解除する前に、福島県内の立入禁止区域における建物の解体作業にも従事していた。

男性は匿名を希望しており、福島核惨事による汚染地域の除染に当たることになると説明されていなかったと陳述しているとジャパン・タイムズ紙は伝えた。

2011311日、波高15メートルの津波が福島第一原子力発電所の反応炉3基の電源供給を不能にした結果、高レベル放射性物質の放出と伴う核事故を招いて、数十万人の人びとに居住地脱出を余儀なくさせた。そのうち小数の人びとが帰還しただけである。

全統一労働組合の佐々木史朗書記長は、男性は騙されて、被災地の除染作業に従事させるために日本に連れてこられたらしいことが男性の申し立てでわかるとジャパン・タイムズ紙に語った。

佐々木書記長は、雇用主が労働契約法、労働基準法、労働安全衛生法を侵害した可能性があるといった。

男性は14万円程度の月給を支給されていたが、同様な除染作業に従事する日本人作業員はその3倍近く稼いでいたと書記長は述べた。

健康上の懸念があり、会社が説明を求める男性の要請を無視したことから、男性は昨年11月に退職した。

全統一労働組合は、男性が3年契約の残余期間を完了した場合に受け取るはずの支給金に見合う賠償金を求める方針である。

36日付け日本経済新聞記事によれば、会社は、健康の害になるような被曝にならない職務に男性を就かせたといって、男性の申し立てを否定した

男性の事例は日本の技能実習制度に対する怒りに火をつけ、これは外国人の技能獲得を支援する制度でありながら、日本の未熟練労働者の不足を補完するために悪用されてきたという人は多い。

日本の吉野正芳復興大臣は、「これはとんでもないことであり、まったく違法である」と述べた。

吉野大臣は、「本当だとわかれば、法的措置が必要だ」と新華社通信に語った。


【クレジット】

VN Express, “Vietnamese claims he was tricked into cleanup work after Fukushima disaster,” by Minh Minh, posted on March 8, 2018 at;

【外部リンク】

The Japan Times > NATIONAL
STAFF WRITER
The Justice Ministry is investigating a case involving a Vietnamese man brought to Japan under the government’s foreign trainee program who alleges he was duped into taking part in cleanup work in areas devastated by the 2011 nuclear disaster, authorities said Wednesday.


日本経済新聞
ベトナム男性「説明なかった」 専門家「制度の趣旨逸脱」 
2018/3/6
不安大きく昨年失踪



2018年1月2日火曜日

CNN『戦争の結果』フランシスコ教皇が長崎の焼き場に佇む少年の写真を配布

 最終更新:2018年1月3日


『戦争の結果』:フランシスコ教皇がナガサキ被爆者の写真をカードに印刷
スザンナ・カリナン Susannah Cullinane, CNN
20171231

教皇が公開した写真は、米国の写真家、ジョセフ・ロジャー・オダネルが1945年に撮影した。

CNNフランシスコ教皇は、長崎原爆被爆者の写真をカードに印刷させ、「戦争の果実」ということばを添えて、配布させようとしている。

その写真は、死んだ弟を背負い、火葬の順番を待っている少年の姿を捉えたもの。米国海兵隊の従軍写真家、ジョセフ・オダネルが第二次世界大戦末期の原爆投下からほどなくして撮影した。

世界のローマカトリック教徒を率いる教皇は、カードの裏に署名“Franciscus”に添えて「戦争の果実」と印字するように依頼した。

短文のキャプションが写真の内容と出処を説明し、その一部は「幼い少年の悲しみが、血がにじむ唇を噛み締めた姿に表されている」と読める。

写真説明文の上方に、教皇の署名。

米国議会図書館の記録によれば、オダネルは、1945年、米軍によるヒロシマ・ナガサキ原爆投下によって、日本が降伏を強いられ、第二次世界大戦が終結してからの4年間、両市で原爆の影響を記録して過ごした。
[訳注]Wikipediaジョー・オダネル
2007年、テネシー州ナッシュビルにて没。命日は奇しくも89日『長崎原爆忌』である。2007年、日本の皇后陛下は、オダネルが従軍中の長崎で撮った「焼き場に立つ少年」の新聞への掲載が、その年に印象に残ったことの一つとして言及されている。

【スライド】史上初の原子爆弾の実戦使用

1945716日、米国はニューメキシコ州の実験場で世界最初の原子力爆弾を起爆した。その1か月もたたないうちに、原爆が日本の広島・長崎に投下された。その惨状が日本の無条件降伏をもたらし、第二次世界大戦は終結することになった。1/19

物理学者、アルバート・アインシュタイン(左)とレオ・シラードは1939年、米国大統領、フランクリン・D・ルーズベルト宛てに書簡をしたため、原子爆弾をドイツが作る前に研究開発するように要請した。米国は1942年になって、核反応炉を建造し、原爆を製造する最高機密のマンハッタン計画を認可した。2/19

米陸軍大佐、レズリー・R・グローヴス(左)は1942年、マンハッタン計画の指揮官に指名された。右の人物は、ニューメキシコ州はロスアラモス国立研究所を率いた物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー。3/19

100トンのTNT火薬を山積みした台の上で記念撮影するロスアラモス作業員ら。TNTは放射性降下物の量を正確に測定するために用いられた。4/19

マンハッタン計画はまた、テネシー州オークリッジやワシントン州ハンフォードの研究施設をも動員していた。オークリッジに立てられていた、このような掲示板は、事業の最高機密性を作業員らに銘記させるため。5/19
[訳注]あなたがここで見たこと、あなたがここでしたこと、あなたがここで聞いたことは、あなたがここから退出するさい、ここに置いていってください

19427月、ニューメキシコの実験が成功する2日前、塔の上に原子爆弾を据え付ける作業員ら。6/19
トリニティは、ホルナダ・デル・ムエルト[死者の旅]砂漠で炸裂した実験爆弾のコード名。7/19

194586日、エノラ・ゲイの離陸直前に操縦席から手を振るポール・ティベット空軍大佐。ほどなくして、搭乗員らは最初の実戦用原子爆弾を投下し、広島市の人びと80,000人を殺害した。8/19

原子爆弾、愛称「リトル・ボウイ」が落とされた直後の広島の航空写真。9/19

米海軍巡洋艦内で広島爆撃報告書を読むハリー・トルーマン大統領。トルーマンはその8日前、日本に対し、無条件で降伏しなければ、国が破壊されると警告していた。10/19

広島市内の橋に刻印された白い影は、爆弾で焼け焦がされなかった部分を示す。人間――もうひとり別の人間によって炸裂の熱光線から遮蔽された人――の輪郭だと伝えられる。11/19

広島市内の仮設病院で蝿まみれになった高齢の被爆者。12/19

194589日、長崎に爆弾が落とされる数時間前、原子爆弾、愛称「ファット・マン」のそばに立つ作業員。13/19

長崎原爆の爆心地から10キロほどの地点で撮影された写真。長崎原爆資料館のキャプションによれば、写真家、松田弘道は爆撃の15分後にこの写真を撮った。14/19

背景で火炎が燃え盛るなか、破壊の現場を歩く長崎被爆者ら。15/19

爆撃の当日、長崎市内を歩く女性と子ども。70,000人あまりが瞬時に殺害された。16/19

1945815日、トルーマンが日本の降伏を発表し、電話に殺到するホワイト・ハウス報道陣。17/19

原爆投下の3週間後、上空から見た広島の惨状。18/19

194592日、米海軍ミズーリの艦上で日本の公的な降伏の署名を見守る陸・海軍兵ら。19/19


オダネルの写真集は“Japan 1945: A US. Marine's Photographs fromGround Zero”のタイトルで出版されている。
[訳注]仮題『日本1945年――米国海兵隊カメラマンの爆心地写真集』。Amazon.co.jpリンクは訳者による。他にも日本語訳写真集として『トランクの中の日本――米従軍カメラマンの非公式記録
[書籍イメージは訳者による]

CNNのヴァチカン上席アナリスト、ジョン・アレンは、次のように彼のウェブサイトに書いた――

「新年を迎える準備に写真をばらまいても、教皇の立場に実質的なものをなにも加えないだろうが、それでもフランシスコは初めて、特定のイメージを休暇シーズンに配布するように指示したのであり、そのメッセージが現時点で格別に今日的な意味を示していると教皇が信じていることを窺〔うかが〕わせる」

アレンは、教皇が以前にも核兵器を断罪し、紛争が子どもたちにもたらす影響を強調していたと書いた。

【クレジット】

CNN, “'The fruit of war': Pope Francis prints photo of Nagasaki victims,” by Susannah Cullinane, posted on December 31, 2017 at;